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エピソード

動画の内容

  • ちゅらっぷすの事業
  • IT・デジタルの世界からゲーム業界へ
  • ちゅらっぷすに参画するまで
  • ゲームアプリ開発にかける想い
  • スタッフから見た中山社長
  • ちゅらっぷすが描く夢と未来

「“美ら(ちゅら、沖縄方言で美しいの意)+Apps”をエンターテインメントブランドに!」を掲げ、人気スマホゲームを発信するのが、ちゅらっぷす株式会社。沖縄に拠点を置くゲーム会社としてトップクラスのDL数を誇る、県内有数のデジタルコンテンツスタジオで、2022年4月にはビジネスメタバース事業を推進する会社設立に携わるなど、新規事業にも意欲的に取り組み話題を呼んでいる。

そのちゅらっぷすを牽引する中山 法夫(なかやま のりお)氏は、国内大手ゲームメーカーで10年以上にわたりデザイナーやプロデューサーとして活躍、その後起業や転職を経て、Iターンで何のあてもなかったという沖縄に移住した、異色の経歴を持つ人物だ。青年時代はテレビや映画などショービジネスの世界に憧れを持ち、映像の専門学校に通っていたというが、なぜゲーム業界に飛び込むことになったのか。そして、所縁のなかった沖縄へ移住した経緯とは……。波乱に富んだ半生を、中山氏自身の言葉で振り返る。

現在のちゅらっぷすは、アニメキャラクターや映画などのIP(知的財産)をゲーム化するという事業を中心に据える。そこには、一から新たなゲームを開発することとは異なる視点、そして忘れてはならない想いがあると語る。中山氏自身もこれまでの経験の中で鍛えられてきたという想いとは。

また、将来はゲームやITを取り込んだデジタルエンターテインメント業界を沖縄に作りたいと考える中山氏。その構想の実現に向け、沖縄が抱える課題と可能性についても切り込む。

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プロフィール

兵庫県出身、1975年生まれ。1998年、大阪の大手ゲームメーカーにデザイナーとして入社、様々なモバイル、オンラインプロジェクトの立ち上げに携わる中でディレクターやプロデューサーとしての経験を積む。2011年、東日本大震災の被災をきっかけに起業を決意し独立。ソーシャルゲームの開発会社を立ち上げるも、2年で会社を売却。以後はWEBコンテンツを扱う企業でアライアンス事業部長、役員等を歴任。2017年4月、家族を連れてIターンで東京から沖縄に移住し、ちゅらっぷす株式会社に入社、現在に至る。
沖縄への移住は、本人いわく「平日も行くぐらいハマっている」と夢中になっている趣味のサーフィンを楽しむという想いに加え、20歳前後から描いていたというライフプランに沿ったもの。