エピソード
Vol.19
ビューローダンケ 渡久地 圭 フルート奏者
芸術を広く親しめるコミュニティの実現を目指して
動画の内容
- ビューローダンケの活動
- オーストリアでの邂逅
- ビューローダンケ設立
- 芸術が広く親しまれるコミュニティを目指して
- チームメンバーから見た渡久地さん
- ビューローダンケが目指す未来
沖縄を、広く文化芸術が親しめる地にしたい――。県内でクラシック音楽を中心としたコンサートやサロンイベントなどの企画・制作を行う「ビューローダンケ」。2013年の設立以来、精力的に活動を展開しており、2022年は国際的に活躍するバンドネオン奏者を招いたコンサートを開催。2023年1月にはウィーンの地域文化に焦点を当てたオーケストラ公演「おとゆい 2023」の開催を控え、沖縄におけるクラシック文化をリードする存在となっている。そのビューローダンケの主宰を務め、自らもフルート奏者として国際的な活動を行っているのが渡久地 圭(とぐち けい)氏だ。
県北の自然豊かな本部町で育った渡久地氏と音楽との原点は小学3年の頃。教科書で見かけた楽器の写真を見て“演奏してみたい”と思ったのが、その出会いだ。県内高校の音楽コースを卒業後は東京を経てドイツ・デトモルト音楽大学に入学、フルートの演奏を磨いた。そうして卒業を迎えた頃、ある出会いをきっかけにオーストリア・ウィーンへ渡る。そこで渡久地氏は、現在も師と仰ぐマインハルト・ニーダーマイヤー氏との出会いを果たす。
ニーダーマイヤー氏のもとで研鑽を積む傍ら、感銘を受けたのが芸術の都と呼ばれるウィーンの佇まいだった。その環境は、やがて渡久地氏をビューローダンケ設立という一大転機へ突き動かす。現代もなお育まれ続けているという、文化芸術と人々が溶け合う欧州の街の姿とは。そして10年目を迎えたビューローダンケが目指す理想とは。独自の文化芸術を守り育ててきた沖縄の可能性も交えて、渡久地氏が胸に秘めた熱い想いを語る。
公開日 /
沖縄県本部町出身。幼少時代よりピアノやフルートなどの楽器に親しむ。県立開邦高等学校芸術科音楽コース、武蔵野音楽大学器楽科を経て、単身ドイツに渡り、デトモルト音楽大学卒業。その後、ウィーンにてウィーンフィルハーモニー管弦楽団首席奏者マインハルト・ニーダーマイヤー氏に師事し研鑽を積む。2004、2005年オーストリアにて、インターナショナル・オーケストラ・インスティテュート・アッタガウ(IOIA)主催オーケストラアカデミーに参加し、アッターゼー音楽祭、ザルツブルク音楽祭にアカデミーオーケストラメンバーとして出演。
2004年から2年間、ウィーン現地の日本語情報誌にてコラムを連載、2012年には沖縄地元紙でコラムを連載するなど、執筆活動も盛んに行う。
2013年より仲間らと共に「ビューローダンケ」を設立。沖縄を拠点に演奏家としての活動に加え、クラシック音楽と市民をつなぐ室内楽・オーケストラのコンサートやサロンイベントといった企画・制作・運営を手掛けるなど、多岐にわたる活動を展開している。